甲府地方裁判所 昭和46年(ワ)64号 判決 1972年10月16日
主文
被告らは、各自原告武川きみに対し、金二二三万円、その余の原告らに対し各金一一九万円及びこれらに対する昭和四三年五月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
但し被告らが原告武川きみに対し各金一四五万円、その余の原告らに対しそれぞれ各金七五万円の担保を供するときは、その被告はその原告に対し右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告ら)
一 被告らは、各自原告きみに対し、金六、三九九、〇七一円、原告蓉子に対し金三、五五〇、四七一円、原告和男に対し金三、五五〇、四七一円及びこれらに対する昭和四三年五月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
(被告ら)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二 請求の原因
一 事故
訴外亡武川貞男は、次の交通事故により死亡した。
(一) 日時 昭和四三年五月二四日午前六時二五分頃
(二) 場所 韮崎市韮崎町四三五二番地先道路上交差点
(三) 加害車 大型貨物自動車(長野一あ第三八〇号)
右運転者 訴外原沢文治郎(西から東へ進行)
(四) 被害車 普通乗用自動車(山梨五ひ第二九七二号)
右運転者 亡貞男(南から北へ進行)
(五) 態様 出合頭に衝突。
二 責任原因
(一) 運行供用者責任
被告らは、いずれも加害車を業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた(被告近鉄が被告千曲の運送用自動車を傭車し、専属的な下請として運行に供していた。)。
三 亡貞男は右の事故により左側頭部粉砕骨折、左眼窩部陥没骨折、左眼球損傷、左第三乃至第六肋骨骨折、左鎖骨骨折、骨盤骨折、左胸部腹部挫傷の傷害を受けて即死し、これらによつて左のとおり損害を蒙つた。
(一) 得べかりし利益の喪失 一〇、五〇一、四一四円
亡貞男は事故当時韮崎市役所収入役として勤務し、月収八万円、他に年間手当三六八、〇〇〇円を得ていたが、これを失つたので、当時五一歳の同人の就労可能年数一二年、生活費年額一八八、四〇〇円(月一五、七〇〇円)としてこれを計算すれば、
(一、三二八、〇〇〇円-一八八、四〇〇円)×九・二一五=一〇、五〇一、四一四円となる。
(二) 慰藉料(原告ら) 計四〇〇万円
以上の事情、特に亡貞男が家庭の大黒柱であつたことに照し、慰藉料は
原告きみ 二〇〇万円
その余の原告ら 各一〇〇万円
が相当である。
(三) 葬儀費用(原告きみ) 六四八、六〇〇円
原告きみは葬式費用六四八、六〇〇円を支出した。
(四) 廃車損 一五万円
(五) 弁護士費用(原告きみ) 一二〇万円
これらに対し左の支払を受けた。
(六) 自賠責保険金の支払 三〇〇万円
以上のうち亡貞男の損害分については、原告きみは妻、その余の原告らは子として、相続分(各三分の一)に応じ相続により取得した。
四 よつて原告らは、被告らに対し、前記三(一)乃至(五)の合計額から前記三(六)の内払額を控除した残額及びこれらに対する本件死亡の日の翌日である昭和四三年五月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求の原因に対する答弁
(被告千曲)
一 第一項、第二項の事実は認める。
二 第三項の事実は不知。
(被告近鉄)
一 第一項の事実は認める。
二 第二項の事実は争う。但し傭車していたことは認める。しかし何らの支配も及ぼしていない。
従つて同被告は運行供用者たるべき地位にはない。
三 第三項の事実は不知。
第四 被告らの主張
一 加害車(運転者の表示は略する、以下同じ。)に過失はない。即ち加害車は被害車の進行に気づき減速し警音器を吹鳴したところ、被害車は減速して一旦停止する状態を示したので、加害車はこれを信頼して加速したものである。
二 本件事故は専ら被害車の過失により発生したものである。即ち被害車は右のような行動をとつた後、突如本件交差点に闖入したものであつて、加害車としてはもはや何らのとるべき措置も存しなかつたのである。
第五 原告は右について明確に認否しなかつた。
第六 証拠〔略〕
理由
請求の原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、第二項の事実は被告千曲においては争いがない。
そこで被告近鉄の運行供用者責任の有無について考えるのに、傭車の点は争いがなく、〔証拠略〕を綜合すれば、
被告千曲は資本金二五〇万円、保有車両九台、従業員二〇名弱の、被告近鉄は資本金六億八〇〇〇万円、保有車両約一、三五〇台、従業員約三、五五〇名の、いずれも貨物運送を業とする会社であること、両者間に所謂資本提携関係はないが、次の定期路線運送につき、以下に述べるような専属的下請関係を結んでいたこと、即ち長野県下の上田、小諸、長野、松本、岡谷、諏訪各所在の被告近鉄各営業所と山梨県下の甲府所在同営業所との間及び上記各営業所相互間における定期路線運送について、被告近鉄が客から注文を受けた荷物を、被告千曲が自己保有車両(同被告方では、この用に専ら当てるため本件加害車を専属でこれに振むけた)を以てその雇用運転手により運送する旨約定しこれを実行しつつあつたこと、但し、営業所と荷送人、荷受人との間の集配は多くは被告近鉄が自ら行つており、また右のような下請関係は他一社もこれに当つていたこと、被告千曲の運転手は、被告近鉄の前記各営業所において荷積と同時に運行書を渡され、その指示されたとおり(コース、スケジユールとも)に運送し、後日(約一ケ月毎)運賃の清算をなすこと、その清算方法は、被告近鉄が依頼主から受取る運賃のうち四〇パーセント、被告千曲が六〇パーセントをそれぞれ配分する(但し被告千曲が配達もしくは集配をも行なつた場合はこれと異なる比率となる)との約定となつていたこと、本件事故により以上の関係は解消し、現在では他の一社が従前の被告千曲分も含めて全部を引受けていること、
被告千曲においては以上の他にも被告近鉄の下請運送をしており、またこれ以外にも信州名鉄、トナミ運輸の下請運送も行なつていること、以上の他には被告両社間には特に強い関係はなく、例えば事務所、自動車保管場所の供与はなされておらず、ただ被告千曲の運転手、助手等が前記定期路線運送に従事している際は、被告近鉄の営業所内の仮眠所で一緒に仮眠させることがあること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
一般に運行供用者たる地位にあるというためには、運行支配、運行利益の二つの要件を満すことが必要と解されており、当裁判所も基本的には特にこれに対して異論を有しないが、具体的な事例への適用に当つてはこの要件の解釈を機械的、一律的になすべきものではなく、具体的妥当性の要請に添つてこれをなすべきであり、これを本件に即して解すれば、強大な運行利益を収めるものは運行支配を通例有するものと推認する(この点の詳細は、レンタカーの責任の有無について示した当裁判官の大阪地裁昭和四五年五月一九日判決等参照)ことが相当である。これを本件についてみれば、被告近鉄は自己の免許を得ている運送路線の運送について、被告千曲の一車両を専属的な下請関係として使用することにより大きい利益を収受していた(その実質は、独立採算制をとる一事業部門とみる余地すら存する一面がある。)ことは明らかであつて、このことから前記のとおり運行支配を推認することが十分できるばかりでなく、却つて本件では運行書等により、運行のコース、スケジユール等を具体的に指示していたのであつて、単なる推認以上にこの点において運行支配の点も明らかである。
これに対し被告近鉄は運行支配が及んでいないものと主張し、事実、前記認定のとおり事務所、自動車保管場所の供与(但し仮眠所の供与を除く)がなされていないことは認められるが、前示のとおり右事実の不存在のみを以て、本件の如く運送(運行自体)を元請、下請の対象、目的としている関係の下にあつては、直ちに運行支配がないものと結論づけることはできない。(上記事実の存否が運行支配判定のメルクマールとして重要性をもつとされるのは、「元請、下請」という一般的関係、殊にその目的が建築、土木等それ自体運行とは直接の関連がない場合において、どこに運行支配を結びつけるかとの観点から問題とされるのであつて、本件のように運送という運行そのものの下請という関係にある場合、特に絶対的な要件とされる程の重要性はないとみることが妥当である。)まして前掲各事実関係の下にあつては、同被告の主張は到底採用の由なきものである。
以上の事実によれば、被告らはいずれも自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)第三条により、本件事故のため生じた損害を賠償すべき義務を負う。
被告らは、これにつき免責の主張をする(弁論の全趣旨に徴し原告らは明らかに争うものと認められる。)が、後記(過失相殺の判断)認定の事実に照せば、加害車が無過失であつたものと認める余地は到底存しないので、この主張は採用しない。
そこで損害について考えるのに、〔証拠略〕を綜合すれば、
亡貞男は、右の事故により左側頭部粉砕骨折、左眼窩部陥没骨折、左眼球損傷、左第三乃至第六肋骨骨折、左鎖骨骨折、骨盤骨折、右胸部、腹部、頸部挫傷の傷害を受けて即死し、これによつて蒙つた損害額は左のとおりであつたこと(以下においては、被告らに賠償せしむべき相当性、必要性の範囲内の損害額に関する評価判断をも併せ加えることとする。)、
(一) 得べかりし利益の喪失 七、三三八、五二八円
亡貞男は死亡当時韮崎市役所に収入役として勤務し、年収一、三二八、〇〇〇円を得ていたが、本件事故によりその全部を失つたので、大正五年八月一二日生、当時五一歳の就労可能年数一二年、同人の生活費四割(家族構成その他から判定する)として計算すれば、
一、三二八、〇〇〇円×〇・六×九・二一=七、三三八、五二八円となる。
(二) 葬儀費用(原告きみ) 三五万円
葬儀費用として原告主張の費用を支出したことは認められるが、このうち原告ら(亡貞男を含む)の社会的地位、職業、慣習、地域的特性その他の事情を考慮し、被告らに負担せしむべき相当性、必要性の範囲内の額は金三五万円とすることが相当である。
(三) 廃車損 不認容
認めるに足る証拠はない。(なおこの損害は運行供用者責任を以てその賠償を求めることは許されないところ、使用者責任に関する主張、立証もなされていない。)
(四) 慰藉料(原告ら) 計四四〇万円
以上の各事情、殊に亡貞男が一家の大黒柱として嫁入前の娘と大学在学中の息子を抱えて重大な時期に死亡したことその他諸般の事情(但し過失内容等事故の態様については後記において過失相殺の事情として別途斟酌するのでこれを除く。)を綜合すれば、原告らの精神的、肉体的苦痛を癒すには、慰藉料として、
原告きみ 金二〇〇万円
その余の原告ら 各金一二〇万円
とすることが相当である。
(五) 弁護士費用 額は後に判示する。
以上(一)乃至(四)合計一二、〇八八、五二八円
亡貞男 七、三三八、五二八円
原告きみ 二三五万円
その余の原告ら 各一二〇万円
これらに対し左の内払がなされていること。
(六) 自賠責保険金の支払 三〇〇万円
以上のうち亡貞男の損害分については、原告らの主張するとおり相続により賠償請求権が承継取得されていること。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで〔証拠略〕を綜合すれば、
本件事故現場は、東北方から西南方へ直線で伸びる国道二〇号線(通称韮崎バイパス)(加害車進行、幅員約九・二米)と東南方から>字型に北方へ伸びる国道五二号線(被害車進行、幅員約五・七五米)とが交差する変形交差点であつて、交差点北北東角(加害車からみて左手前角)はかなり鋭角となり、且角切などにより交差点の形状はほぼ菱形(◇)状となつていること、相互の見通しはかなり良好であること、二〇号線上には交差点あり、との標識、五二号線上には一時停止(但し未告示)の標識がそれぞれ建てられていたこと、
加害車は被害車を約一二五米離れた地点で認め、一度は若干減速したが、大丈夫と考え逆に加速したこと(この点につき警音器を鳴らし、相手方が気づいて停止してくれる気配であつたので、加速した旨の供述記載も見られるが、双方の位置形状、衝突時被害車側のスリツプ痕が残つていないなど事故状況に照し到底これを認めるに値せず、採用しない。)、
被害車側の事情は本人死亡のため不明の点が多いが、一方加害車のスリツプ痕は左側約一六米及びこれに続いて両側による約二三米を残しており、この両側スリツプ痕は衝突後被害車両を横すべりのまま押出す(いわゆる歯止め状)形で引ずりながら残されたものであつて、その速度の異常な高速性を窺わせるに足るものであること、被害車のスリツプ痕は残つていないこと、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
これらの事実によれば、加害車、被害車とも徐行、一時停止すべき義務を怠つたことは明らかであるから、双方の過失割合、車種、その結果として双方の被害状況、その他諸般の事情を斟酌して双方の負担割合を定めれば、被害車側四対加害車側六とすることが相当であり、以上の事情を斟酌して被告らに賠償せしむべき損害額を算定すれば、
亡貞男 四四一万円(端数調整)
原告きみ 一四一万円
その余の原告ら 各七二万円
とすることが相当である。
これに対し前記内払金(自賠責保険金)の充当及び相続による取得分を差引合計すると、
原告きみ 一八八万円
その余の原告ら 各一一九万円
(合計四二六万円)
となる。
そして以上の経緯、殊に事案の難易、請求額、認容額、その他諸般の事情に照し、原告きみの要すべき弁護士費用のうち被告らに負担せしむべき相当性の範囲内の額は、
金 三五万円
とすることが相当である。
そうすると被告らは以上の合計額及びこれに対する原告の主張の趣旨のとおりの遅延損害金を支払うべき義務を負い、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行及びその免脱の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 寺本嘉弘)